――私はもう、生きるすべを失った。
ただただ暗いだけの世界で、彼女はただ冷静に自分の現状を見つめていた。
痛覚はなく、視覚もない。故に彼女は未だにこの惨状に耐えることが出来ていた。
気付かないままでいられた。
辺り一面を包む炎の海。先ほどまで使用されていた器具は熱せられ奇怪な音を放ち、煙に包まれる。ヒトのカタチをとったものなど既に無くなった、どこか世界の終わりにも似た光景。
男たちの姿はもう見えない。それには薄々彼女も気がついていた。
――だから、最後だけ。これで本当に最後だから。
――最後だけは、自分に素直に生きてみたい。
言葉を振り絞る。言いたくても言えなかった言葉。
彼らがいない今しか言えない。命の灯が消えかけている今しか言えない。
「いや、だ……」
嘘しか言えなかった自分の、最後の本心を。
「まだ……死にたく、ないよ……!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『――訊いたか?』
ノイズ混じりの音声が彼女らの耳元で同時に発せられる。その声音はどこか不安げで、けれど確かな希望を以て紡がれていた。
「ええ、確かに聞き届けたわ」
「急ぎましょう! もう一刻だって猶予はありません!」
「でもいいの? あの子、死にたがってたんでしょ?」
「それは強がり。誰かさんだってよく言うでしょ?」
その声は甘く、軽やかに。
けれど意識だけは一つの方向を向いていた。
「――行きましょうか。イノセントの名にかけて、あの子を救うわ」